【草薙電脳艶戯倶楽部】(630)
草薙(49)
ヒミツ・不明/その他

【rendes-vous】10

21/12/20 01:28
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午後21時。

ハルとモトコは、洛中にあるバーでそれぞれ、グラスを手にしていた。
モトコは、マティーニを。
ハルは、ブルームーンを。

20年以上を経てなお、マスターは健在だった。しかも驚く事に、2人で来店した直後にマスターは顔をほころばせて、こう言った。

「おぉ・・・お久しぶりです!」

夫、妻、父親、母親、社会人。
そして、「ハル」「モトコ」。

担い続けた役割が、ほどけていく。

2人がこのバーに同席したのは、ただ一度だけ。
その、ただ一度のすぐ後に交際が始まりそして、2人の行動様式は変化した。

彼「はる」は、常連としてこの店の扉を頻繁に開ける事は無くなった。何故なら、彼女「もとこ」と向き合って過ごす時間が増えたから。

「出来ない相談、だったよね。ブルームーンの、もうひとつの意味は。」
「・・・僕もそんなに深い知識があるわけじゃなかった。
ただ、自分の知り得た事を君に、とにかく話したかったんだと思う。共有し、並列化したかったのかな。そんなの、無理なのにね。」
「無理かどうかじゃない。私は、私の知識や興味に関係なく、あなた自身の事を生き生きと、お話ししてくれるのが嬉しかった。
あなたがこれまで話してくれた、私の未知の世界。それは確実に、私自身の財産になっている。

これだけは、間違いのない事。」

月が綺麗に見える事では定評のあるこのバーの窓。折しも窓の外にはほぼ、まるい月。

出来ない相談、かも知れないけれど。
それでも、持ちかけてみたい相談もある。
当時の僕にはない、今の僕にあるブキ。
「駆け引き」という名の。

「…これから、夜の竜安寺に行ってみないかな?」
「懐かしいね。でも、山門は開いているのかな?」
「わからない。わからないけれどもし、扉が施錠されていなかったら…」
「…いなかったら?」

「…ちょっと、なんだ。 楽しくないか?」

吹き出す、彼女。苦笑する僕。

店を出る。嵐電の駅に向かう。
拍子抜けするぐらい自然と、手と手が、気持ちが絡み合う。

「…悟から入電があったら、帰るね。」
「了解。その入電、無い事を全力で祈りたい。」

快活な「もとこ」の笑い声に、新しいふたりの、まだ見ぬ物語を期待したくなった。

そんな夜に。

Fin.
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