【草薙電脳艶戯倶楽部】(630)
草薙(49)
ヒミツ・不明/その他

【rendez-vous】5.

21/11/30 00:05
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新幹線は、夢と現実、期待と不安とを乗せてひたすら、西へと駆け抜ける。
豊橋駅通過地点で不意に、僕は胸苦しさを覚えた。
先ほど撮った、富士の写真を添えて妻にメールを送信しそして、さほど好きでもない銘柄のビールを買い求めた。

『夜のライトアップもデートスポット的には素晴らしいけれど、やはり日中の青蓮院の古来からの借景は美しく、落ち着いたそのたたずまいが、私は好きです。』

そんな、ふたりの思い出に絡めたような「モトコ」のブログを目にするたびに動揺し、この5年、幾度となく事の真相を確かめようと思った。
しかし、その草稿が手紙となって、彼女に届く事は無かった。

「もとこ」と「モトコ」が、同一人物なのか確かめたい。
その強い想いと相反するような懸念もまた、あったのだ。

サイト内に常に一定量充満する、虚実のわからぬ愚痴や、繰り言。
それは真に迫った心の叫びかも知れないし、また、「満たされない女」を効果的に艶出しただけの、サイトの主旨に添った演技の一環かも知れない。
しかし正直、僕はそれらの余りの多さ、雑多さに少々、辟易してもいたのである。

「夫とは身も心も完全に、冷え切っています。寂しいんです。あたためて下さい…」
そう、ストレートに書くならまだいい。
厄介なのは、ブログでは女傑ぶった事を書いていても、親密にやり取りをするうちにそれが「弱さ」をより魅せるための、周到な手練手管だったケースだ。

「モトコ」とのやり取りも回を、年数を重ねるうちに「夫への募る、不信や不満」が多くなってきていた。
二十代の「もとこ」にはなかったそういう、人間臭い面が愛しくもあった。
「ハルにだけは、本音が書けます。いつも、ありがとう。」
そんな心づくしの言葉を嬉しく思いつつしかし時折、手前勝手な失望を覚えてもいた。

ビールをあおり、ノドの奥で小さくゲップを逃がした。そして、薄く自嘲した。

恋愛という名の冒険に惹かれつつ、リスクは避けたい。
安全な仮想現実で醒めない夢を見て、妄想の中ただ、戯れていたい。
でも、ふと悩ましい肢体を目にしそしてその身体が発する「ハルに逢いたい」。
そのセリフに心が揺らいだ、その数年の結果として今、僕は新幹線の車中にいる。

5年の歳月を経て、僕と「モトコ」は逢おうとしていた。
約束の場所、京都で。
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