小学校高学年から、あたしはブラスバンド部に所属していました。時代だったのでしょうが、小学生の部活動にしては練習は厳しかった記憶があります。
5年生の頃、転勤してきた男の先生が顧問に加わりました。練習中の音楽室に入って来た、20代半ばから後半の、長身でスマートで、ちょっとイケメンな先生の第一声は
「腐っても鯛だな」
でした。近隣でそこそこのレベルだったあたしの学校を本心からけなしたのか、わざとそう言ってやる気を起こさせようとしたのか、それは定かではありません。しかし、自分達なりに、否、あたしなりに力を注いで来たことに対して言われたその言葉は、小学生のあたしにはショックでしかありませんでした。
その日の練習後。生徒玄関を出ると、その先生の車が駐車してありました。車種は何だったか…とにかく真っ赤なスポーツカー風の車でした。目に入った途端、あの言葉が蘇り、血が逆流するような感覚を覚え、堪えきれず
「腐っても鯛だぁ?馬鹿にすんなぁ!」
と、叫んでいたのです。
数日後。1人で廊下を歩いていると、その先生が向こうから歩いて来ました。嫌悪感から思わず足が止まります。すると、あたしを見つけて歩みを早め始めました。視線は完全にあたしに向いています。本能的に踵を返して早足になります。先生は後を着いて来ます。あたしは2階から3階への階段を、駆け上ります。先生は追うのを辞めません。上り切った踊り場で追いつかれ、追い詰められて
ビタビタッ!
冷たい壁に追い詰めた、あたしの顔を挟むように置かれた先生の両手。右手があたしの顎をクイを上げます。
逃げられない、何かされる…
あたしは力をなくし、壁づたいにずるずると崩れその場に座り込みました。
先生はあたしを見下ろしながら、ニヤリと笑って階段を下りて行きました。
あたしの叫びを聞いての威嚇だったのか、世慣れ・人慣れ・男慣れしていない気性を見抜かれての軽いイタズラだったのか…先生の本心は知る術はありませんが、この日を境に卒業するまで、あたしが1人で先生と遭遇すると、たびたび壁ドンされることになったのです。