【草薙電脳艶戯倶楽部】(630)
草薙(49)
ヒミツ・不明/その他

「イセモノガタリ」

16/1/31 22:35
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もらい物の、そのまたもらい物の扇子。
開くと、香る。右端に歌一首。

「かきくらす 心の闇に 惑ひにき
夢うつつとは 今宵さだめよ」

心乱れて、惑ってしまった。
夢か現実かは今夜、ご確認なさい。
だいたいそんな風な意味。
ちなみにこの歌は返歌で、先に詠まれた対の一首がある。

「あなたがいらっしゃったのか、私が行ったのか、思いがけないことで、夢か現実か、寝ていたのかさめていたのかもさだかではない」
対の一首はこんな風。いわゆる相聞歌。ラブレターだ。

9年前、1年半だけ勤めた地元の職場。
すでに定年間近、娘さんが結婚しているぐらい年の離れた人で、明確なヒットポイントは眼鏡男子であることぐらいしか思い当たらない。
思い当たらないのだがなぜかそのNさんに、特別な好感を抱いていた。

入籍し地元を離れる前、送別会の時にイヤー、実はちょっとNさんのことカッコええなーと思ってたんですよー、と酔った勢いで言ってみたところ、あんたみたいな娘さんにそんなこと言われて幸せやわ、と嬉しそうにおっしゃり、使わんしあげるわ、と、この扇子をくれた。
その後、二次会のカラオケでデュエットのお供をしただけである。
他に何事も無い。

すみません嘘です。
家まで送っていただき、帰ろうとするNさんのホッペにチュ、はしました。以上終わり。
草薙さん若かったね。
あぶなっかしい。
今もか。笑。

ともあれ、扇子は明らかに地元イベントのもらい物。
したがってNさんもとくに深い意図があってくれたわけでは無い、と思う。

それでいいのだ。
そういうのが好い。
恋のかたちにはそれぞれ、相応しい距離と均衡がある。それを納得できた時に、思い出は、生きるための華となり、源となるのだから。

なおこの歌の出典は、伊勢物語。
詳細をお手軽に知りたい方はネットでも検索可能なので、よろしければぜひ。


ではではまた。
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