【草薙電脳艶戯倶楽部】(629)
草薙(49)
ヒミツ・不明/その他

【amor fati】

15/12/26 13:51
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土曜日のスタバにて。

隣席の男女。年の頃はたぶん60代半ば以上。向かいあって座り、視線を交えながら会話。埼玉某所のスタバではなく、ホテルのカフェラウンジにいるほうが似合う。そんな、洗練された上質な佇まい。
ご夫婦だろうか。それとも、恋人?どちらにしても、おふたりのあいだには確実に「恋愛」の二文字で表される、けれどもけして激しくは無い、いつまでもそばにいて見守っていたいようなそんな、空気感があった。

一昨年に母方祖父、今年は母方祖母がそれぞれ92歳で亡くなった。
出会いは、満州にて。祖父は若き騎馬隊の兵卒、祖母は看護士。戦場で出会い、恋に落ちそして、日本に戻ってから結婚。
このふたりのあいだにも死ぬまで、恋の空気感があった。
祖母はよく祖父が若い頃の写真を見せてくれた。モノクロの写真にはテニスラケットを持って笑う、祖父。男前やったんやでー、と話す、祖母の目が優しかった。
祖父は多くは語らなかったけれども一度だけ「ばあさんは昔は、小柄で色白で目が茶色うてきれいでなあ。かわいかったんやで」
と、何か拍子に発言した事が今でも忘れられない。
ふたりの関係はそれでもけして、安泰であったわけでは無い。とくに、祖父は当時の男性にしては身長が高く風貌も日本人離れしており、女性に好かれる機会も少なくは無かったようだ。
少し認知症の兆候があった祖母が不眠に苦しんでいた時も「おとうちゃんのところに夜、女がやってくる。」と言って泣いて聞かず、母や叔父はずいぶん、悩まされたらしい。

祖父が亡くなってからの、はじめて迎える自分ひとりの最期の一年を祖母は、何を想い過ごしたのだろう。
死の一週間前、仕事の都合をつけて無理矢理帰省し見舞った時の祖母の瞳は、生前祖父が語ったあの、茶色の瞳のままだった。

そしてその茶色の瞳は今、私に遺伝し、受け継がれている。
私が自分の中で、好きだと思うことが出来る数少ないパーツ。
命ある限り、恋をし続ける遺伝子。この視覚素子はこの先、何を見て、どんな風景を見つめて、生きて行くのだろう。

隣席の男女が会話を終えて立ち去る。自然に、腕と腕が絡み合いそして、手を握りあってドアから出て行く。

恋人たちよ。素敵な時間をありがとう。

ではではまた。
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